2017年02月27日

アカデミー賞、前代未聞の大ハプニング

先ほどアカデミー賞のライブ中継を見終えて、帰社したところですが、最後の最後でとんでもない大ハプニングが発生し、見てる方も混乱状態でした。
あちこちで報道され始めていますが、クライマックスの作品賞発表の時、それは起こりました。製作50周年を記念して「俺たちに明日はない」のウォーレン・ビーティーとフェー・ダナウェーの主演コンビがプレゼンターとして現われ、封筒を開き『作品賞は「ラ・ラ・ランド」』とアナウンスしたんです。まあこれまでの流れからして順当な幕引きだと思っていたんですが、喜び勇んで「ラ・ラ・ランド」チームが登壇し、感謝のコメントを語り始めた時、なにか様子がおかしくなり始めたんですよね。突然「ラ・ラ・ランド」の製作者が『本当の勝者は「ムーンライト」だ。私らの手でこの像を彼らに渡したい』と発言して、ライバルを激励しているのかな?と最初は思ったんです。でもなんだか本当に作品賞は「ムーンライト」だという声が聞こえ始め、現場は大混乱。見ている方は何が起きたのかとポカーンとしていたら、司会のジミー・キンメルが『ウォーレン、なんてことをしてくれたんだ!』と笑いながらビーティーを問い詰めると、ビーティーが『本当の封筒の中身はこれだ』といって「ムーンライト」のタイトルが書かれた紙を見せだしたんです。この時点では、まさかビーティーがトチ狂ったジョークをかました? とか、文字も読めなかった? とかありえない憶測が飛び交ったんですが、直後の話ではビーティーたちに渡されたのはその前に発表された主演女優賞(「ラ・ラ・ランド」のエマ・ストーン)の封筒だったようなのです!
本当ならこれはあり得ないスタッフのミスとなりますね。本来発表後の封筒は回収されなければいけないのに、なぜかそのまま次のプレゼンターに渡されてしまったとしたら、ビーティーたちのせいではないでしょう。ビーティーも『封筒を開けたらエマ・ストーンの名前があったので、おかしいなとは思った』というんですが、こんなミスはまさしく史上初と思われる(特に作品賞では)ので、現場のばたばたぶりも納得は行くんですが、こういう時、どうやって混乱を収めるのかなんて誰にもわからないですよね。さすがのキンメルもなすすべがなく『これは私のせいだと思う』などとジョークを言って中継は終わってしまいました。
今後もう少し詳しい情報がわかってくると思いますが、奇跡の逆転劇には変わりないものの、なんだか「ラ・ラ・ランド」にも「ムーンライト」にも気の毒な終わり方になってしまいました。それまで今年は割と平板な授賞式かなと思っていたのに、最後の最後でこんなことが起こるなんて、まさにオスカーはふたを開けてみなくては判らない映画界最大のショーです。大統領に叩かれなければいいけど。
posted by 編集局長 at 16:20| 日記

2017年02月26日

ラジー賞も反トランプ?

アカデミー賞の前日発表される、おふざけのラジー賞ことゴールデン・ラズベリー賞(最低映画賞)が発表になりました。ちょっと驚いたのは、この賞まで反トランプの影響があるのか?というものだったことです。
最低映画作品賞に選ばれた「ヒラリーのアメリカ、民主党の秘密の歴史」は、トランプ大統領の対立候補だったヒラリー・クリントンと民主党の闇を暴くみたいなドキュメンタリーですが、とにかくヒラリー憎しというような内容だとか。作品賞だけでなく監督でもあるディネシュ・デスーザというインド系の政治学者が最低主演男優賞を(ブルース・スクーリーと共同で最低監督賞も)受賞。ドキュメントの中でヒラリーを演じたベッキー・ターナーという女優が最低主演女優賞を受賞と、主要部門をすべてこのドキュメントが受賞したんです。ハリウッドはたしかに民主党びいきの人が圧倒的と思いますが、ラジー賞もそうだった、みたいな結果ですね。でもこれもジョーク?ということなんでしょうか。実際この映画を見ていないので何とも言えませんが、夫ビル・クリントンの女性スキャンダルは、実際は(夫の浮気症を知る)ヒラリーが自ら勧めて起こったことだとか、そういうことを力説しているようです。このデスーザ氏は以前「オバマのアメリカ」という映画も作っていて、やはりオバマ前大統領を大批判した内容だったとか。今回はラジー賞の選考委員もこのデスーザ氏に怒りの矛先を向けたのでしょうか。
ちなみに最低助演男優賞(ジェシー・アイゼンバーグ)、最低コンビ賞(ベン・アフレックとヘンリー・カヴィル)、最低シリーズ映画賞、最低脚本賞はしっかり?「バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生」が受賞。もしかしてラジー主演男優賞をベン・アフレックが受賞して、翌日オスカー主演男優賞を弟ケーシーが受賞するという、前代未聞の兄弟受賞が起きるかもという予想は外れてしまいました。でもオスカー確定といわれていたケーシーにいま黄信号が灯っていて、『フェンシズ』のデンゼル・ワシントンが逆転受賞という可能性が大きくなってきました。すると助演男女優賞も黒人俳優が有力で、演技部門四つのうち三つを黒人が受賞する史上初の事態になるかも? 昨年の「白すぎるオスカー」批判の反動なのか、これもトランプの人種偏見に対する反応なのか。明日のオスカーに注目です。
posted by 編集局長 at 15:37| 日記

2017年02月18日

日本ヘラルド映画の仕事

2006年まで約半世紀にわたって映画ファンを楽しませてくれたインディペンデント系洋画の配給会社、日本ヘラルド映画。そのヘラルドが誕生してから、惜しくも閉鎖されるまで、配給・宣伝活動してきた様々な洋画(邦画も)の歴史を一冊にまとめた『日本ヘラルド映画の仕事』が発売されました(パイ・インターナショナル刊)。元ヘラルド宣伝部の谷川健司さんが数年かけて完成した労作です。実はSCREENもちょこっとだけ協力したので、贈呈本をいただきました。
これを読んでいると、ヘラルドがどのように誕生し、どんな宣伝を行って、どれだけのスターや映画関係者を育ててきたか、その実績がよくわかります。という以上に知らなかったことも多く、大変勉強になります。配給第一作はイエジー・カヴァレロヴィッチ監督の「影」だったんですね。「気狂いピエロ」「戦争と平和」などヨーロッパからソビエト映画まで、とにかく当てまくった時代の逸話が面白い。世代によってヘラルド作品との出会いも違うと思うんですが、私が映画を見始める前に大流行だったのが「エマニエル夫人」。小学生でも知っているくらい、このソフト・ポルノ(その時なんと呼んでいたかは忘れたけど)は有名になりました。「小さな恋のメロディ」リバイバルとか「ベンジー」あたりが私ら世代とヘラルドの出会いかも。「コンボイ」のトラック軍団が私の住んでいた千葉まで来たのも覚えているなあ。コッポラとタッグを組んだ「地獄の黙示録」の意気込みもすごかったし、とにかく宣伝の仕方が、現在のパターン化したものとまるで違う奇抜で大スケールというものが多かった時代ですよね。そのころの宣伝マンというのは本当に大変だけど面白い仕事をしたんだろうなあと推察できます。
私が業界に入って最初に試写室に入れてもらったのもヘラルドだったかも。その時は新橋の駅前ビル内にあったのですが、見たのは「モナリザ」だったような……銀座のど真ん中に移ってからは、「レオン」のナタリー・ポートマンの単独取材をヘラルドの会議室でやらせてもらったことなども思い出深いですね。
と、個人的な映画体験も思い出してしまうような資料も満載。ヘラルドと聞いて懐かしいと感じる人は必読でしょうね。
posted by 編集局長 at 15:47| 日記