2017年02月18日

日本ヘラルド映画の仕事

2006年まで約半世紀にわたって映画ファンを楽しませてくれたインディペンデント系洋画の配給会社、日本ヘラルド映画。そのヘラルドが誕生してから、惜しくも閉鎖されるまで、配給・宣伝活動してきた様々な洋画(邦画も)の歴史を一冊にまとめた『日本ヘラルド映画の仕事』が発売されました(パイ・インターナショナル刊)。元ヘラルド宣伝部の谷川健司さんが数年かけて完成した労作です。実はSCREENもちょこっとだけ協力したので、贈呈本をいただきました。
これを読んでいると、ヘラルドがどのように誕生し、どんな宣伝を行って、どれだけのスターや映画関係者を育ててきたか、その実績がよくわかります。という以上に知らなかったことも多く、大変勉強になります。配給第一作はイエジー・カヴァレロヴィッチ監督の「影」だったんですね。「気狂いピエロ」「戦争と平和」などヨーロッパからソビエト映画まで、とにかく当てまくった時代の逸話が面白い。世代によってヘラルド作品との出会いも違うと思うんですが、私が映画を見始める前に大流行だったのが「エマニエル夫人」。小学生でも知っているくらい、このソフト・ポルノ(その時なんと呼んでいたかは忘れたけど)は有名になりました。「小さな恋のメロディ」リバイバルとか「ベンジー」あたりが私ら世代とヘラルドの出会いかも。「コンボイ」のトラック軍団が私の住んでいた千葉まで来たのも覚えているなあ。コッポラとタッグを組んだ「地獄の黙示録」の意気込みもすごかったし、とにかく宣伝の仕方が、現在のパターン化したものとまるで違う奇抜で大スケールというものが多かった時代ですよね。そのころの宣伝マンというのは本当に大変だけど面白い仕事をしたんだろうなあと推察できます。
私が業界に入って最初に試写室に入れてもらったのもヘラルドだったかも。その時は新橋の駅前ビル内にあったのですが、見たのは「モナリザ」だったような……銀座のど真ん中に移ってからは、「レオン」のナタリー・ポートマンの単独取材をヘラルドの会議室でやらせてもらったことなども思い出深いですね。
と、個人的な映画体験も思い出してしまうような資料も満載。ヘラルドと聞いて懐かしいと感じる人は必読でしょうね。
posted by 編集局長 at 15:47| 日記